2009/04/13

EDS Fair 2009 ・・・ 雑感 (Part 2)

Part 1 を書いてから、すでに2ヶ月余・・・ 
続きは次回とか言っておいて、書こうと思っていたことを忘れてしまっていた。

いろいろと差し障りがありそうな気配だなと感じたので・・・・ 身の危険とか (苦笑)
まあ大袈裟だけど。

ちょっと思い出話:
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EDS Fair は昔 EDA Technofair という名前だった。

これとは別に FPGA/PLD Design Conference & Exhibition というイベントが 1993年ごろから行われていた。 僕自身は大昔に Signetics社のFPLA (82Sxxx)や MMI社のPAL (まだ 22V10なんか出る前の頃)のユーザだったぐらいで、CPLDとかFPGAには縁がなかった。

ところが 1998年ごろから、そっちの世界に関わることになってしまった。
そんな絡みで FPGA/PLD Design Conference & Exhibisionには、 1998年の第6回 パシフィコ横浜、1999年の第7回 池袋サンシャインシティに出展社側の立場で関わった。
当時は 6月ごろに開催されていたと思う。

* そのとき、その頃のいろんな話はまた別途・・・・

このイベントが単独開催が困難になり、EDA Technofair との併催に動いたのが 2000年だったように思う。 2000年の1月のEDA Technofair、僕らは新しいアーキテクチャのFPGAをもって、この ASICとEDAツールの展示会に打って出た。 同僚と 2人で、30分ごとに交互にブース内で製品紹介のプレゼンを続けた。 2日間、一人 10回以上はプレゼンしたはずだ。

2日目の夕方、FPGA/PLD Design Conference プレゼンツ(笑)という感じのパネル・ディスカッションのイベントが行われた。ものすごい観客だった。立ち見でぎっしり。たぶん150人とか200人は軽 く入っていたんだと思う。 これが FPGA/PLD Design Conference の主催者にとって、EDA Technofair およびJAITA(当時はJESAか・・・) への、共催・併催に向けてのプレゼンテーションになったんだろう。 2001年から EDS Fair と名前を変え、FPGA/PLD Design Conference 併催のかたちになって現在に至るというわけだ。

* このときの話もいずれまた・・・

ということで・・・ 何を書きたかったんだろう。  あ、そうだ。
それから10年・10回、パネル・ディスカッションという形態の特別セッションをやれば人が集まるという幻想を持ち続けていらっしゃるということですね。まったく間違っていますけどね。

* なにが間違っているかは、おいおい書こうと思う。 刺されないようにしないとな・・・・。

以上!

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