タイトルのとおりである。
失礼ながら、CQ出版社は紙媒体(雑誌、ムック)だけでオンラインは弱いなと思っていた。
昨年だったかクロスメディア部という部署ができて、だいぶ前の Design Wave Magazine の
編集長、ちょっと前まで Interface の編集長だったN山氏が部長になって、
あたらしいメディア・ミックスをどのようにやっていくんだろうと少し注目はしていたのだが、
具体的なものがわからなかった。 ちゃくちゃくと Web リニューアルをやっていたというわけだ。
リニューアルしたというアナウンスは 4月10日付になっている。
これをどのように告知・宣伝しているのだろうか。
少なくとも僕はそのような案内を受け取っていない。
企業として、オンラインを使った活動にもっと真剣に取り組むべきなのではないだろうか・・・
余計なお世話かな。
このリニューアルで、「組込みネット」 http://www.kumikomi.net/kumikomi/ と
「半導体ネット」 http://www.handotai.net/ という2つのサイトというかポータル・ページが
出来ていて、以前に比べると随分良い感じになったと思う。
直接的にちょっと読んでみようかと思うのは「半導体ネット」のほうで、FPGAに関連した記事を
かなり意識して掲載している風だ。 「FPGAという名のLSIを知る」 ・・・
他のとあるサイトに「今さら聞けないFPGA」という寄稿記事が数年前にアップされていたが、
今でも継続して多くのアクセス数を得ている人気だそうだが、そういうものも意識したんだろうな。
ほかにも 「FPGA活用回路&サンプル記述集」を連載風に掲載している。
これはFPGAになじみの無いエンジニア層に受けるだろう。 CQ出版社らしい良い記事だと思う。
個人的に興味を引いたのは 「あの事故はなぜ起きたのか!!」という連載記事。
機能安全とかマネージメント規格 IEC61508とか、ちょっとマイブームになりかけているのでね。
ところで両ポータル・ページとも、上段のアニメーション・バナー広告は、
EDAツールのメンター・グラフィックスとFPGAのアルテラのローテーション・バナーになっている。
右側のでっかいレクタングル・バナーは、4月10日発売の新雑誌「ディジタル・デザイン・テクノロジ」。
このスペースはいずれは売り物として開放するんだろうか。
いずれにせよ、いろんな意味で今後が楽しみではあるな。
エンタープライズ向けエレクトロニクス分野、エンベデッド(組込み)システム、IoT、クラウド、関連する半導体応用技術の市場・業界動向、B2B マーケティングに関すること、さらにSNSやモバイル端末とアプリなどについて、思いつきで書いています。
2009/04/13
EDS Fair 2009 ・・・ 雑感 (Part 2)
Part 1 を書いてから、すでに2ヶ月余・・・
続きは次回とか言っておいて、書こうと思っていたことを忘れてしまっていた。
いろいろと差し障りがありそうな気配だなと感じたので・・・・ 身の危険とか (苦笑)
まあ大袈裟だけど。
ちょっと思い出話:
--------------------------
EDS Fair は昔 EDA Technofair という名前だった。
これとは別に FPGA/PLD Design Conference & Exhibition というイベントが 1993年ごろから行われていた。 僕自身は大昔に Signetics社のFPLA (82Sxxx)や MMI社のPAL (まだ 22V10なんか出る前の頃)のユーザだったぐらいで、CPLDとかFPGAには縁がなかった。
ところが 1998年ごろから、そっちの世界に関わることになってしまった。
そんな絡みで FPGA/PLD Design Conference & Exhibisionには、 1998年の第6回 パシフィコ横浜、1999年の第7回 池袋サンシャインシティに出展社側の立場で関わった。
当時は 6月ごろに開催されていたと思う。
* そのとき、その頃のいろんな話はまた別途・・・・
このイベントが単独開催が困難になり、EDA Technofair との併催に動いたのが 2000年だったように思う。 2000年の1月のEDA Technofair、僕らは新しいアーキテクチャのFPGAをもって、この ASICとEDAツールの展示会に打って出た。 同僚と 2人で、30分ごとに交互にブース内で製品紹介のプレゼンを続けた。 2日間、一人 10回以上はプレゼンしたはずだ。
2日目の夕方、FPGA/PLD Design Conference プレゼンツ(笑)という感じのパネル・ディスカッションのイベントが行われた。ものすごい観客だった。立ち見でぎっしり。たぶん150人とか200人は軽 く入っていたんだと思う。 これが FPGA/PLD Design Conference の主催者にとって、EDA Technofair およびJAITA(当時はJESAか・・・) への、共催・併催に向けてのプレゼンテーションになったんだろう。 2001年から EDS Fair と名前を変え、FPGA/PLD Design Conference 併催のかたちになって現在に至るというわけだ。
* このときの話もいずれまた・・・
ということで・・・ 何を書きたかったんだろう。 あ、そうだ。
それから10年・10回、パネル・ディスカッションという形態の特別セッションをやれば人が集まるという幻想を持ち続けていらっしゃるということですね。まったく間違っていますけどね。
* なにが間違っているかは、おいおい書こうと思う。 刺されないようにしないとな・・・・。
以上!
続きは次回とか言っておいて、書こうと思っていたことを忘れてしまっていた。
いろいろと差し障りがありそうな気配だなと感じたので・・・・ 身の危険とか (苦笑)
まあ大袈裟だけど。
ちょっと思い出話:
--------------------------
EDS Fair は昔 EDA Technofair という名前だった。
これとは別に FPGA/PLD Design Conference & Exhibition というイベントが 1993年ごろから行われていた。 僕自身は大昔に Signetics社のFPLA (82Sxxx)や MMI社のPAL (まだ 22V10なんか出る前の頃)のユーザだったぐらいで、CPLDとかFPGAには縁がなかった。
ところが 1998年ごろから、そっちの世界に関わることになってしまった。
そんな絡みで FPGA/PLD Design Conference & Exhibisionには、 1998年の第6回 パシフィコ横浜、1999年の第7回 池袋サンシャインシティに出展社側の立場で関わった。
当時は 6月ごろに開催されていたと思う。
* そのとき、その頃のいろんな話はまた別途・・・・
このイベントが単独開催が困難になり、EDA Technofair との併催に動いたのが 2000年だったように思う。 2000年の1月のEDA Technofair、僕らは新しいアーキテクチャのFPGAをもって、この ASICとEDAツールの展示会に打って出た。 同僚と 2人で、30分ごとに交互にブース内で製品紹介のプレゼンを続けた。 2日間、一人 10回以上はプレゼンしたはずだ。
2日目の夕方、FPGA/PLD Design Conference プレゼンツ(笑)という感じのパネル・ディスカッションのイベントが行われた。ものすごい観客だった。立ち見でぎっしり。たぶん150人とか200人は軽 く入っていたんだと思う。 これが FPGA/PLD Design Conference の主催者にとって、EDA Technofair およびJAITA(当時はJESAか・・・) への、共催・併催に向けてのプレゼンテーションになったんだろう。 2001年から EDS Fair と名前を変え、FPGA/PLD Design Conference 併催のかたちになって現在に至るというわけだ。
* このときの話もいずれまた・・・
ということで・・・ 何を書きたかったんだろう。 あ、そうだ。
それから10年・10回、パネル・ディスカッションという形態の特別セッションをやれば人が集まるという幻想を持ち続けていらっしゃるということですね。まったく間違っていますけどね。
* なにが間違っているかは、おいおい書こうと思う。 刺されないようにしないとな・・・・。
以上!
2009/03/03
WindRiver Linux on Nios II
AlteraのソフトコアプロセッサをWindRiverのLinuxがサポート
マイコミジャーナルのレポート記事より。
http://journal.mycom.co.jp/articles/2009/03/03/altera_windriver/menu.html
http://journal.mycom.co.jp/articles/2009/03/03/altera_windriver/index.html
http://journal.mycom.co.jp/articles/2009/03/03/altera_windriver/001.html
http://journal.mycom.co.jp/articles/2009/03/03/altera_windriver/002.html
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